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  1. ブッダのことばからの仏教入門
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ブッダのことばからの仏教入門

登録日:2019年06月23日 08時38分
般若心経入門―生きる智慧を学ぶ
タイトル:般若心経入門―生きる智慧を学ぶ
著者:ひろさちや
出版社:日本経済新聞社
発売日:2004-07-01
価格:650円
平均レート:★★★★★
テーマ主催者:
KAKAPO さん
KAKAPOさん

テーマの説明

私たちが仏教に接する数少ない機会……。それは「お葬式」なのではないか?と思いますが、そもそもブッダが覚り、説いた原始仏教は、どのようなものだったのでしょうか?私たちの人生をより善くするために、原典を学び、良い習慣を実践したいと思います。
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  1. 1
    主催者
    KAKAPO
    KAKAPO さん
    ・苦しまない練習は、煩悩を捨てる練習。とても難しいけどね。

     今やっていることを心の中で常に認知し、ありありと感じること。これが本来の意味での「考えない練習」です。そして実は、これが瞑想なのです。無意識の行為を一切消滅させていく、この時間を増やしていくと、そのまま修行者になります……。

     私も含めて、修行をしたことがない人は、座禅や瞑想によって「無我」になれるということを、心の底から信じることが難しいのではないでしょうか?そして、何かをしている時も、心には、後悔や心配が渦巻いて、集中できていないのではないでしょうか?瞑想への第一歩は、今していることを意識して、意識できることを拡張することのようです。

     歳をとって、つまらないミスが多くなりました。まさに、何かをしているときに、そのことに集中できず、他のことを考えているからのようです(^^ゞ
    投稿日:
    2019年06月23日 08時42分
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    • 2
      主催者
      KAKAPO
      KAKAPO さん
      ・お釈迦さまの教えに触れるたびに、科学的だなぁ~と思っていたのですが……。

       それは、他者の行動を観察したり、自分の内面を客観的に見詰めたりした結果として到達した考え方だからなんでしょうね。

       この本のもとになったのは、埼玉県飯能市にある自由の森学園中学校・高等学校での授業と講演とのことです。上座仏教についての予備知識がない状態で、いきなりアルボムッレ・スマナサーラ長老の講義を聞いたとしたら、生徒たちはもちろん、先生方も戸惑ったと思いますが、仏教の起源を知り、日本に伝わった大乗仏教とは違う感じである、ということを知ったことは、価値ある経験だったのではないかと思います。若いうちから、お釈迦さまが説いたとされる教えに触れることは、とても良いことだと思いますし、羨ましいなぁ~と思います。
      投稿日:
      2019年06月23日 08時45分
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      • 3
        主催者
        KAKAPO
        KAKAPO さん
         悩みごとというのは、すべて「執着」から生まれてくる。心の中にどうしても手放したくない「欲」があるから。自分でもまったく気がついていない執着もたくさんある。必要のない物まで買い込んだり、捨てられなかったりするのは、物に執着しているから…本書は、欲、自分の意見、習慣、自分はいる、という四種類の執着をすべて手放すことをめざします。

         あなたが必死にしがみついているものは、社会的地位ですか?お金ですか?家族ですか?仕事ですか?世間からの称賛でしょうか?若さでしょうか?私は、もうそんなものは、とっくに諦めたつもりでしたけど、自分の考え、自分に対する愛着も「欲」であるとするならば、年々しがみつく強さが増しているような気がします。「いかなる悩み苦しみであっても、不平不満であっても、愚痴であっても、私(自我)があるから起こるのです」と言われてしまうと、「仰る通りだと思います」と言わざるを得ません。
        投稿日:
        2019年06月23日 08時50分
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        • 4
          主催者
          KAKAPO
          KAKAPO さん
           ブッダの教えが時代と共に創造・精製されたものであったとしても、私たちが追い求めるものは、命の炎が弱まるにつれて色あせて行くものであることは間違いありません。ブッダが残したとされる言葉の数々に思いを巡らせ、自らの答えを探す者は、ブッダの弟子と言えるのかもしれません。

           「一般向けに、お釈迦さまの伝記を書いてほしい」と編集部から依頼されて執筆されたという『ブッダ物語』は、中村元先生が、できるだけ客観的に書かれたものと思われますが、今ひとつ、先生の思いが伝わって来ない「もどかしさ」を感じるのも事実です。思いは、読者が創出するのかな?

           これを物語だとすると、いわゆる三人称視点で書かれているんですよね。改めて考えると、童話の殆どがそうなのですが、まさに、その物語に込められた思いを、どのように感じるかは、読者の裁量に任されているのかもしれませんね。
          投稿日:
          2019年06月23日 08時55分
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          • 5
            主催者
            KAKAPO
            KAKAPO さん
             世界を救えるのは、仏教的な考え方かも?

             中国を経由して日本に伝わったのは、お釈迦さまが亡くなってから数百年後に成立した大乗仏教でした。一方、本書で伝えられるのは、お釈迦様の時代から伝えられたバーリ語(古代インドの言葉)の経典を元にしているテーラワーダ仏教です。お釈迦さまが説いたのは「どう生きればいいのか」という、人間なら誰もが抱く疑問に対する答え、私たちがよりよく生きるための智慧なのです。仏教では「幸せになるには身体の健康ではなく、まず心の健康を追求しないさい」と教えるそうです。ありのままの自分を受け入れ、無理のない人になりたいものです。

             この年になって、仏教を学んで、到達しつつある結論は、生きるということは、成長し続けることを誓うということ。そのために、自問自答を続けなければなりません。そして、目標を絞り込み、手段を精査して、邁進しなければならないのです。
            投稿日:
            2019年06月23日 08時57分
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            • 6
              主催者
              KAKAPO
              KAKAPO さん
               釈尊に弟子として入門する、そんな第一歩を踏み出すための本のような気がします。

               それほどに、中村 元先生が語る「釈尊」は、魅力的で、そばにいてくれるように感じます。自分も老いるのに、他人が老衰するのを見て嫌悪する……。釈尊は、そうなりたくないと思って出家したのでしょうね。誰にとっても自分が置かれていない境遇を想像することは難しいわけですけれども、釈尊は若くて恵まれていたにも関わらず、その境遇に安住することで、やがて悩みが生じることを察知したのでしょう。私は還暦を迎える年齢になって、釈尊が開いた仏教が、何を示しているのかを理解できるようになりました。

               日本では、若い人のほとんどが、仏教に興味を持たずに生きているのではないかと思いますが、もし生きづらさを感じているとしたら、仏教を研究してみると良いと思います。結局、生きづらい俗世間で、自分を客観的に観る方法が必要なわけですから……。
              投稿日:
              2019年06月23日 09時01分
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              • 7
                主催者
                KAKAPO
                KAKAPO さん
                 だらしない生き方を改めることを目的として努力する…脳が「その目的に挑戦することは価値がある、有意義である」と理解して納得すると、脳は瞬時に優先順位を判断でき、挑戦することが苦行ではなく、おもしろさに変わる。すると、怠けるとかサボるということがなくなります。

                 生きるということは、成長し続けることを誓うこと、但し、何処を目指すのか、ということは、その時々で可能な限り明確にするために、自問自答を続けなければなりません。そして、目標を絞り込み、手段を精査して、邁進しなければならないのです。

                 仏教を学んでいると、幾つになっても、どのような境遇に置かれていても、その時々で目標を持ち、それに向かって日々の生活を積み重ねることの大切さを思います。多くの人は、ただ生きているだけも価値があると言われますが、やはり、ほんの少しでも、誰かの役に立とうとすることが大切です。
                投稿日:
                2019年06月23日 09時05分
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